柳川を歩いていると、
ときどきえべっさんに出会います。
恵比寿さんのことを、柳川ではそう呼びます。
店先。路地の奥。橋のたもと。
気をつけて見ると、
思いがけないところに座っています。
沖端のあたりで、
わかっているだけで二十五体。
けれど、どこに何体いるのかを
まとめた地図はありません。
さて、あなたはいくつ見つけられるでしょう。
読まなくても歩けます。読むと、少し見え方が変わります。
えべっさん――恵比寿さんは、蛭児命(ひるこのみこと)という神さまだと言われています。
伊邪那岐と伊邪那美のあいだに生まれた、いちばん最初の子。
けれど体が思うようにならず、葦の舟に乗せて海へ流されました。
そのあと、どこへ行ったのか。
古い書物は、何も書いていません。
兵庫の西宮には、浜に流れ着いたのだ、と伝わっています。
海を司る「夷三郎殿」として祀られ、やがて大漁と商いの福の神として、全国へ広がりました。
流された子が、福の神になる。
えべっさんは、そういう神さまです。
沖端でいちばん古いえべっさんには、六人の名前が刻まれています。
六人とも、「平」を名のっています。
貞応年間、源氏の追手を逃れた平家の落武者が、矢留村へ移り住んで漁師になった。
六騎(ろっきゅう)と呼ばれる人たちです。
追われる身で海に出て、大漁と無事を祈った。
その祈りの相手が、海から流れ着いた神さまだったというのは、
できすぎているようで、なんとなく腑に落ちます。
どこにあるかは、書きません。
歩いて、見つけてください。
沖端のえべっさんは、たいていひとりで座っています。
けれど一か所だけ、大黒さんと並んで祀られているところがあります。
四百年ほど前、柳川藩の御用船大工として紀州から招かれた横山勘太左衛門が、
商売柄の縁起物として、えべっさんと大黒さんを一緒に呼んできた。
そのうち周りに漁師が増えて、町ぐるみで祀るようになった。そういう話です。
東横町のあたり、とだけ。
出典:沖端まちなみワークショップ「城下町沖端『えべっさん』巡り」
柳川郷土研究会 横山正司さん
上げる前に、ひとつだけ。
表札やお名前、通りすがりの方が写っていないか、見てください。
送り先によっては、文字がついて行かないことがあります。
そのときは、ここからコピーして貼ってください。
えべっさんは、たいてい目の高さより低いところにいます。
店先の隅、路地の入り口、橋のたもと、木の根元。
正面から見えるとはかぎりません。通り過ぎてから振り返ると、いたりします。
・私有地や、店の敷地に入らないでください
・えべっさんに触れたり、動かしたりしないでください
・写真を撮るときは立ち止まって、足元と周りに気をつけてください
・夜道では車両にも十分注意してください
見つけた記録は、この端末の中だけに残ります。
どこかへ送られることはありません。誰かに共有されることもありません。
その代わり、別の端末やブラウザで開くと引き継がれません。
※えべっさんの正確な数や場所を、こちらから示すことはしていません。
分かっていないからです。歩いて見つけたものが、あなたの地図になります。
(一社)柳川市観光協会